黒い薔薇が、花瓶の中で咲き誇っていた。
「帽子屋さん、来てくれたんだね…」
人形を刻む手を止め、ヴィンセントは少し目を細めた。
「丁度暇だったので、“アリスの記憶を見つけた”なんていう見え透いた貴方の誘いに乗ってみようと思ったんデス」
ブレイクはそう答えると、飴をひとつ口に含んだ。
「僕は目的の為なら何だってするから…たとえ嘘だろうと」
ヴィンセントがぽいと捨てた人形を見てから、
「貴方がアリス君の記憶を見つけたとしても、私に教えるわけがありませんからネェ…」
ブレイクは愉しそうにくくっと笑った。
しかし、その紅い瞳は一切笑ってはいない。
「この前は、アリスの記憶が欲しかったからお嬢様を攫わせてもらったけど…今日はただ、帽子屋さんと遊びたいだけだから」
ハサミをソファの肘掛に置き、ブレイクを見上げる。
「…どんな遊びをしてくれる…?」
ヴィンセントの瞳を睨むように見つめ返すと、ブレイクはヴィンセントに歩み寄ってその唇に口付けた。
「…っ…」
そして、口に含んでいた飴を転がす。
「…甘い」
目を逸らして、ヴィンセントは口元を袖で拭った。
「私を挑発するからですヨ」
「…僕はチェスがしたかったんだけど」
ヴィンセントの言葉に、ブレイクは眉間に皺を寄せた。
「なら初めからそう言ってくだサイ。余計なことをしてしまったじゃないですか」
不機嫌そうに言うと、ヴィンセントは
「だって帽子屋さんが そんなに貪欲だと思わなかったし」
と言った。
「貪欲なんて人聞きの悪いことを…。私はただ、貴方の誘いに乗っただけデス」
ブレイクもヴィンセントに負けじと言い返す。
「誘ったつもりはないよ。僕は遊んでって言っただけだもの」
ヴィンセントはそう言って、口の中の小さくなった飴を噛み砕いた。
「…その飴、美味しいでショウ?」
言いながら、ブレイクは飴の袋をヴィンセントに見せ、中身を口に放り込んだ。
エミリー印の飴だ。
「もうひとつ如何ですカ?」
ヴィンセントの眉間に皺が寄る。
「いらない」
「つれないですネェ、私を呼びつけたのは貴方でしょう?折角乗ってあげているのに…」
ブレイクは再び、ヴィンセントに歩み寄った。
そして、鋏をソファから落とす。
「それ…壊れたらどうするの…?」
ヴィンセントの言葉に、ブレイクはふっと鼻で笑った。
「人形を壊さなくなったら、お兄様が喜びますヨ?」
「…僕は別に、ギルに喜んで欲しいわけじゃないから」
つまらなさそうに溜息をつくと、ヴィンセントを見て
「それよりヴィンセント様?」
と微笑んだ。
「チェスなんて子供でも出来るもの、面白くありませんヨォ?…だから…」
ふたつの禍罪の瞳が見つめ合う。
「大人にしか出来ないことをしまショウ…?」
口の中の飴がころりと転がった。