「ヴィンセント様、そろそろお部屋を片付けないとお叱りを受けてしまいます」
「…いいんだよ、エコー」
カーペットが白く見えるくらいに散らばった綿や、切り裂かれた人形を横目に見ながら、エコーは小さく溜息をついた。
勝手に片付けるとヴィンセントが怒るので、彼女は催促することくらいしか出来ないのだ。
「だって、こうしていれば…」
コンコン、と見計らったように部屋の扉がノックされる。
「ヴィンス、ちょっといいか」
「…どうぞ」
ギルバートは、入ってくるなり驚いた表情になった。
「わざわざ来てくれるなんて…よっぽど大事な用事なんだね…兄さん」
「…まぁ、な」
短くそう言うと、ギルバートは扉を閉めた。
「それより何だこの部屋は…片付けくらいしろ」
言いながら床に落ちている人形を一つ拾う。
ヴィンセントはくすくすと笑って、
「じゃあ…兄さんも手伝って…?」
と言ってギルバートを見た。
「…わかった。さっさと終わらせるぞ」
次々と人形を拾っていくギルバートに、ヴィンセントは
「ギルは優しいね…」
と微笑みかけた。
誰が見ても急いでいると分かるのに、それを気付かれまいとしているのを見れば自然と笑みが浮かんできてしまう。
「エコー、部屋の外で待っていてくれるかい…?」
「はい」
すぐに、ぱたんと扉が閉まる音がした。
「…ねぇ…兄さん」
ほんの少し笑いを含みながら、ヴィンセントは後ろからギルバートの腰に抱き付いた。
ギルバートが抱えていた人形がいくつか落ちる。
「ヴィンス、何を…」
ヴィンセントは、またくすくすと笑う。
「君の主人や帽子屋さんが…少し…羨ましいな…」
ギルといつも一緒にいられて。
「え?」
ギルバートがぎこちなく肩越しに振り向く。
「…なんでもないよ。ギル…何か急いでるんでしょう…? 大事な話はまた今度ゆっくり聞くから、早く主人の所に戻ってあげなきゃ…駄目だよ?」
ヴィンセントはそう微笑んで、ギルバートから少し離れた。
「あ、あぁ」
ギルバートは一歩後ずさって苦笑する。
「邪魔したな」
部屋を出ようとした背中に、ヴィンセントは
「その時はまた…片付け手伝ってね…?」
と言って少し笑った。
「…ヴィンセント様…?」
開け放たれた扉から、エコーが顔を覗かせる。
「エコー、この人形は捨てておいてね…。ギルに言われたんだからちゃんとしなきゃ」
そう言いながらも、ヴィンセントの手には鋏と新しい人形がある。
「…ギルの主人には悪いけど、僕だってギルを独り占めしたいんだよ…」
だからまた、部屋を散らかしておかなくちゃね…