アリスは、椅子の後ろに隠れてシャロンを観察していた。
「…アリスさん?そんな所に居ないで、こちらで一緒に紅茶を飲みましょうよ」
シャロンは紅茶の入ったカップをテーブルに置く。
「断る!というか、何故私がここにいなければならんのだ!」
威嚇するようにアリスは声を荒らげた。
「オズ様にお願いされましたの。鴉と二人で買い物に行く間、アリスさんの相手をしてあげて欲しいと」
「…オズ…!」
アリスは心の中で余計な事を、と悪態をついた。
「…だが、何故私だけ留守番をさせられているんだ?」
椅子の陰から少し身を乗り出す。
「…さ…さぁ、私にもよく分かりませんわ」
シャロンは誤魔化すように紅茶を口に運んだ。
アリスを連れて買い物に行くと余計な食費がかさむから、と鴉が言っていたのは黙っておくことにする。
「それよりアリスさん?以前私がシャロンお姉さまとお呼び下さいと言った事をもう忘れたのですか?」
シャロンは立ち上がってアリスに2、3歩歩み寄り、にっこりと微笑みかけた。
するとアリスは椅子ごと後ずさって、ふんと鼻を鳴らした。
「そんなもの、いちいち守っていられるか!馬鹿馬鹿しい」
そう言いながらも、再び後ずさる。
これでは強がっているのか怖がっているのか分からない。
「ではアリスさん、ずっとそこに隠れているのも暇でしょうから、この間の本の続きを読みませんか?」
シャロンは瞳を輝かせてアリスを見る。
これには、さすがのアリスも逆らえない。
「お、おおぅ…」
アリスが渋々頷くのを見ると、シャロンはアリスの手をとって
「お姉さま、と呼んで下さいね?」
と微笑んだ。
「う…む…仕方がない…」
笑顔が恐ろしいとはこんなにも怖いものなのだと、アリスは思ったのだった。
「…どうでもいいが、今日はあのピエロは居ないんだな」 
アリスが徐に呟く。
「ピエロ?…ブレイクでしたら、お婆様とパンドラの定例会議に参加していますわ。それよりアリスさん、この一節を見てください」
シャロンはページ中ほどにある文を指差した。
レインズワース家の女性達が読んで育つというロマンス小説『シルヴィお嬢様と駄犬達』。
シャロンの愛読書だ。
「私この場面が気に入ってるんです。特にこのシルヴィさんの台詞が…」
「……」
アリスはつまらなさそうにページを眺める。
一方シャロンは、前後のストーリーも交えてアリスに熱く語っている。
「…失礼致します。ヴィンセント様から、この書類をレインズワース家にお届けするよう仰せつかって参りました」
ノックもせず突然部屋に入ってきたのは、エコーだった。
「…お前は、ワカメの弟の…」
「エコーです」
アリスの言葉を遮るようにそう言うと、エコーは書類をテーブルの上に置いた。
「では、私はこれで」
そして、そのまま出て行ってしまった。
「…」
少しの沈黙。
それを破ったのはアリスだった。
「…ぉ…お姉様…?その…聞くが、オズに私の下僕としての自覚を持たせるには…どうしたらいいんだ?」
そう言って、少し俯く。
途端、シャロンがまた瞳を輝かせた。
「そういう時はですね、シルヴィさん流に上下関係をはっきりさせて差し上げると良いのです」
「…それなら、お前は私の下僕だとオズにいつも言っているぞ」
「きっときちんと理解していないのですわ。もっと強く言って差し上げなければいけませんわね」
シャロンがあまりにもあっさりと言うものだから、アリスは言葉を詰まらせてしまった。
「つ…強くとは、どんな風にだ?」
アリスの問いに、シャロンは
「そうですわね…」
と呟いて、ドレスの裾を持ちスカートの中からハリセンを取り出した。
「これをお貸ししましょうか?」
「…いや、いい」
脳がやめておけと言っている気がする。
「そうですか…」
シャロンは残念そうにハリセンをスカートの中に入れた。
「…では、ヒールを履いてみるというのは如何ですか?」
しかしめげずに次の提案をする。
どうしても姉(?)としてアリスの役に立ちたいのだろう。
「ひ…ヒール?何だそれは?」
アリスは嫌な予感がして後ずさった。
「アリスさんが履いているそれはブーツと言います。そして、私が履いているのがヒールです」
言いながら、シャロンはドレスの裾を少し持ち上げて示した。
「…それを履くとどうなるんだ?」
「シルヴィさんはいつも、ヒールで殿方を踏みつけているのです。だからアリスさんもヒールを履けば、オズ様にも効果覿面のはずですわ」
両手を合わせて微笑む。
「そ…そうか!覚悟していろオズ、この私がヒールとやらで踏みつけてくれるわ――!!」
アリスは椅子に片足を乗せ、あっはっはと高らかに笑った。

「……」
部屋の扉の向こうでは、アリスを迎えに来たオズとギルバートが言葉を失い、会議を終えたブレイクが声なく笑っていた。
この後オズがどうなったのかは、言うまでもない。